お侍様 小劇場 extra

    “愛し仔猫のいる一景vv” 〜寵猫抄より
 

        


 ……といった事情から、急遽、勘兵衛と久蔵という二人でのお留守番をすることと相成った。これまでにだって、買い物に出掛ける七郎次を二人で見送るというケースは結構あったが、そっちはといえば…せいぜい役所への届けがあっての外出だとか、いつもの商店街では間に合わないお買い物へだったりという手合い。こんなにも朝早くから出掛けて、しかも今日中に帰って来るかどうかが判らないような、そんなお出掛けは初めてじゃあなかったかと。それへと気づいたと同時に、急にシンと静まり返ってしまった邸内の空気に寒気を感じてしまった作家先生。

 “妙だの。”

 天気予報を聞かずとも、窓の外には久々の陽気の目映さが満ちていて。見慣れた庭へも、春の訪のいを早々と感じさせる気配を齎しており。小さめの梅の木には よくよく見れば白い蕾が膨らんでいるし、他の茂みにも いつの間にやら柔らかな枝が増えているようで。どこもそこもすっかりと暖かな様相を呈しているんだのに、何でまた、寒々しいと感じたものか。立ち戻ったリビングのソファーに腰掛けると、腕の中から抜け出した久蔵が、よいちょと床まで降り立って、そのまま大窓へと駆け寄ってゆく。七郎次を探しているのかなと思ったが、

 「みゅ。」

 途中の経路にあった肘掛け椅子の上。畳まれてあったタオルへと、ちらと視線を向けた彼であり。七郎次の残り香がついていただろに、近づきまではしなかったところをみると。匂いを追ってるわけじゃあないようだ。

 “さすがに判るのだろうの。”

 匂いだけなら何処からでもしよう。七郎次が片付けを手掛け、七郎次が守っている家だもの。家人らが快適に過ごせるように暖かで居られるようにと、細やかに眸を配り、骨を惜しまず手を掛けて。子育てなんてしたこともなかっただろに、突然家族になった小さな久蔵をあやしたり。執筆にかかると…いやさ、それ以外のときだって、縦のものを横にもしない勘兵衛なのを、不自由のないようにとしっかり補佐したり。そんな彼がいないというだけで、こうまで大きな欠落感に襲われる家となっていようとは。

 「…。」

 とはいえ。それこそ、お留守番を心細いと思うよな幼子でもあるまいと。長い息を一つつき、勢いをつけて えいと駆け出す玩具のような駆けようが何とも覚束無い、仔猫の坊やの小さな背中が、ぽてぽてと進みゆくのを視線で追えば。掃き出し窓へ至ったそのまま、お外へ向けて“にゃあみゅう”としきりと鳴き始める。小さな手のひらを不器用な懸命さで広げ、冷たい窓ガラスへ張りつけて。何かを見つめてのことだろか、だったら呼びかけてでもいるのかな。

 「久蔵、いかがした?」

 カンナ村のキュウゾウくんでも来たりたかと、遅ればせながら気づいてのこと。身を起こすと自分もまた、窓辺へ向かった勘兵衛だったが。そんな彼の膝まで有るか無しかという小さな身の丈の坊やが、にゃっにゃっとその場でとんとんと小さく跳びはねまでして、じっとじっと見ていた方にいたのはといや、

  「…………………お主か、クロよ。」

 何とやらいうお顔や態度を構えてたワケでもないってのに、妙にテンションが下がるよな。どこか昂然と澄ました印象を振り撒いての、凛々しき居住まいにて塀の上へと座っておいでの、いつもの黒猫さんがいらしていたのでありまして。

 「……。」

 キュウゾウくんとは遊ばせるのに、こちらのクロさんとは逢わせないというのもおかしな話だと。彼が来るたび、久蔵本人は嬉しそうだってのに、その度合いときっちり反比例してという勢い、あんまりあまりいい顔をしない勘兵衛へは、七郎次も手を焼いており。

 『勘兵衛様、この子は“兵庫さん”というそうですよ?』

 なんで七郎次までもが“さん付け”しているものなのか。そこのところも引っ掛かる勘兵衛なのは、きっとクロさんが猫としての“大人”であるからだろう。久蔵が感化を受けてのこと、あっと言う間に大人になってしまうのが気に入らない。普通の猫ならそれもまた“自然なこと”なのだろうが、自分らには幼い和子にしか見えない子だ。なればこそ、せめて人の子と同んなじペースで育ってほしいし、今のところはそうであるものが、何かの切っ掛けを得て一気に育ってしまったら?

 “それもまた、勝手な言いようなのかも知れぬがな。”

 すぐの間際までを歩み寄り、まるで勘兵衛へと窓の外を示すよに、勘兵衛を見てはお外も見てという仕草を取る仔猫さんなのへ、
「表へ出たいのか?」
 わざわざお膝をついての、同じ高さという間近に顔寄せ、静かなお声で訊いたれば。陽に透けて透明さを尚増した赤い眸をぱたぱたっと瞬かせ、うんと頷く素直な坊や。まま、これも彼には“いつも”のことなのだろうと思い直して、重いサッシをかららと引き開けてやれば、

 「にゃ♪」

 とんとんとその場での跳びはねを繰り返した久蔵だったが、彼が出て行こうとしかかるより先、何と向こう様の方がこちらへすとんと降りて来て。うな〜うと短く一声鳴くと、傍らのサザンカの木立へその身を擦りつけ。そのまま“回れ右”して塀を飛び越し、あっと言う間に去ってしまったから……。

 「……………お?」

 あっと言う間とは正にこのこと。それはなめらかな動作であったが、引き留めたり如何したかと問いかけたりといった、ほんの一声を放つ暇間さえ与えぬ素早さで、その姿を消してしまったクロさんだったので。

 “………何か伝わりでもしたのかな。”

 不機嫌そうにしていた儂のせいかの?と、傍らのおチビさんを見下ろせば、そちらもまた、あれれぇ?と小首を傾げて見せるばかり。彼にも何が何やら判らなかったらしかったが、とはいえ後追いしたいほどでもなかったか。七郎次のお出掛けに比べれば、さして残念そうでもなかったらしく。ただ、それがあんまり愛らしい所作だったので、勘兵衛お父様としては、ついつい…その小さな肢体を思わず抱え上げてしまっており。脇の下へと手を入れての、ひょいと持ち上げれば、きゃう・みぃと甘いお声で鳴いてのはしゃぐ小さな小さな存在が。ああ、そうだな…との実感を呼ぶ。七郎次がああまで過保護に扱うのが判るほど、それはそれはまろやかで愛らしく、そして、こんなにも小さな身が愛おしくてならぬ。クロこと、兵庫とかいう黒猫さんへと感じていたわだかまりも、結局のところ、この子を連れ去るんじゃないかとの案じから沸いた、嫌悪というか警戒だろし。

 「……うん。お主へ妬くのはお門違いだの。」

 七郎次の久蔵への甘い甘い構いつけへと、ついつい面白くないとの悋気を起こしかかってしまうのは、果たしてどちらへの嫉妬だったやら。抱え込んだ懐ろの中、みぃみぃと頬を擦りつけて来るその非力さへも、得も言われぬ庇護欲を掻き立てられてしまい、精悍なお顔を柔らかくほころばせる島田せんせいであったようです。






 ◇ おまけ ◇


 「海苔も食べさせてはいかんらしいな。
  乾物はどれも消化が悪いらしゅうて、
  どうしても食べさせたいなら ふやかすか、
  澄まし汁なぞに溶かしてやればいいらしい。」

 アワビやサザエは重度の炎症を起こしかねないので、絶対に食わせてはならぬのだとか。他にも魚介の肝臓の類は、中毒症状を起こしかねぬものが多いので注意せよと。海のものなら何でも大丈夫という訳ではないのだな。クルミやアーモンドもな、出来れば食わせぬ方がいいとかで、これからは用心した方がいいのだろうな…などなどと。一体誰がお相手なやら、頬にあてがった携帯で、得意げに話しておわした御主であり。そのお膝には、ウールのマフラーで赤子のようににくるまれた、仔猫の坊やがうたた寝しており、

 「……勘兵衛様?」
 「? おお、帰ったか。」

 一応チャイムも鳴らしたのですが、うんともすんとも応じがなくて。ドアは開いていたものだからと上がってみれば、リビング一杯に玩具を広げての、どんだけ遊びまくったやらという有り様の真ん中へ、大胡座で鎮座ましましていた勘兵衛であり。七郎次の帰宅をもって、適当おざなりな相槌だけでとっとと切ってしまった電話の相手は、のちに判ったが編集部の誰かさん。なに、猫に食わせちゃあならぬものというのをな、調べていたものだからと。手元に開いたノートPCに呼び出してあったQ&Aのページを、えっと…と不慣れな様子で“お気に入り”へ登録しておいで。

 「それで、伯父上は如何だった。」
 「…あ、はい。それがですね。」

 何でも掃除をしていたところが、足元を何か駆けてったのに驚いて。モップだの洗剤のボトルだのと細々したもので足元が散らかっていたものだから、それへ足を取られてどたんと引っ繰り返ってしまったんですって。

 「その拍子に頭を打ったのが何だか落ち着けなかったとかで、
  検査してもらわないとと思い込んでの救急車騒ぎだったらしくって。」

 向こうへ着いたと同時なほど、待ち合いに出て来た伯父さんが、何でまたこんなところにわたしが来ていやるかって、却って驚いておりましたよと。呆れた感慨を思い出したか、眉を下げての苦笑をすれば、

 「………まう?」

 笑い声に意識をくすぐられたのか。綿毛の乗っかった頭をむくりと起こした久蔵、半目のまんまであちこち見回して。七郎次が傍らにいるのを見つけると、その身を起こして にいにいと、小さなお手々を延ばして来る。どーれと七郎次の側からも手を伸ばしての、それは手際よく腕の中へと抱き上げれば、

 「みゅうにゅんvv」
 「おやおや、甘えたさんですねvv」

 勘兵衛様にいっぱい遊んでもらったのですね、まだ三時前だってのに、こんなまでお手々を温めているなんてと。本気で寝ていたらしい和子へ、おややとの苦笑を零してみせて。

  お昼には何を召し上がりましたか?

  ああ、鳥のそぼろあんかけが残っておったのでな。
  飯を温めて、それと和えて食べさせた。

  勘兵衛様は?

  うむ……何を食べたかな。

  あらまあ。
(笑)

 時折 匙をな、咥えて離さぬのだ。ああそれは、歯に触れさしたでしょう? そうかも知れぬ。箸でも匙でもぎりぎりで触れないようにあたらねば、食べ物かと思ってしまって咬むのですよ。だが、零さぬようにと構えるとどうしてもな…などと。そんなおいたをしたご当人を間に挟んで、ほのぼのと語り合う二人であり。大変な事態であればあるほど、自身を律しててきぱき動く彼だからこそ、何の連絡もなかったは無事だったからと呆けていた証し。そんなところまでお見通しな御主だと、七郎次が気づくのは、数日後のことだったけれど…ままそんな余談はさておいて。お母様が不在でも、これからはお父様がちゃんとお守りして下さるようですね。くああぅと目一杯の背伸びをしつつの欠伸をもらす幼子へ、窓の外から、春の陽差しもほのぼのとした温みを降らせており。桜咲く春本番ももうすぐですよ。キュウゾウくんと初めて逢った季節ですよねと、お顔 和ませ語らい合う、主従で夫婦で、両親な二人だったりするのである。






  〜Fine〜  2010.02.21.〜02.24.


  *他愛ない一日を書くはずでしたが、
   春めきと睡魔に負けました。
   取りとめのない話になってすいません。
   勘兵衛様からただならぬオーラを感じて、
   とっとと退散した兵庫さんだったらしく、

   「何だろうか、何やら無茶をされそな予感があっての。」

   大事なところを掴まれたかもしれません。
(おいおい)


  *お絵描きやおもちゃ遊びのほかに、
   動物のDVDも大好きな久蔵ちゃんだったようで。
   今時には犬や猫の映像ばかりじゃない、
   色々な動物のそれがあるらしく。

   「…? これは“生の獣も収めた”とわざわざ断っておるのか?」
   「違いますよ、勘兵衛様。ナマケモノです、それ。」

   ちょぉっと苦しかったかな?
   ( 実は Morlin.が勘違いした罠。何で間違えたんだろな。)

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